武蔵美映像合格者再現作品解説第三弾はこの作品です。2019年度、テーマは「間に身を置いて」でした。一見、極めて地味な見た目ですね。雨が降っている、そんな印象だけが伝わってきます。中身はというと、まさにその通り。雨が降っているだけなのです。夕立ちとその後の様子をバスの車窓から、ただただ緻密に丹念に追い続けています。何も起きない、起こさない。もしかしたら感覚テスト史上、最大級にミニマムな作品かもしれません。しかし読み進めるうちに見えてくるのは、最小限の場所と出来事から引き出される観察と考察、それが異常なほどにマキシマムであるという事実です。

窓の雨粒を見るのが好き、という作者の小さな嗜好からはじまりました。講師と話していくうちに、景色を移り変わらせる乗り物で動きを出そう、という発想が加わり、そのあとはご覧の通りの展開です。雨とバスしかないこの状況に具体的な皮フ感覚と臨場感を与えるため、あらゆる「五感」、つまり「感覚」が盛り込まれました。

車内には嗅覚が。ドアとエンジンからは聴覚。靴の中には触覚があり、数センチ先のガラス面への接写から数百キロ先の上空まで望遠される視覚も当然ありますね。靴下の温度、雨粒の行方、曇天から晴天へ。それらは時間と空間が推移するとともに極わずかに、あるいは大胆に変化していきます。まさに「感覚」にまつわる素材の全てが、「場所」と「出来事」のなかで、極めて丁寧に構成、編集されているわけです。

基本的に画面は、枠の中全体に渡って描かれたほうが見映えはもちろん良くなります。とはいえ場所と出来事がここまで削ぎ落とされると、どこの何にカメラを向ければ良いのか?その判断は難しくなってきます。しかし、その答えは明快でした。見たものを素直に真正面から描く。それはまるで、停車ボタンを押すのも忘れて窓枠にかじりつく園児の眼差しにも似た素直さです。密集する雨粒、しかし文字も密集する。ならばさっぱりと住み分けよう。これもまた素直すぎる判断によって、1/3の画面が描かれることとなったのでした。

誰しも経験したことがあろう日常のひとコマ。自身の「感覚」を伝える課題に、大袈裟な仕掛けは必要ありません。求められるのは「感覚」なのですから。それを「五感による観察と考察」と置き換えて解釈してもよいでしょう。日常だからこそ、その場所、出来事の只中にいる当事者としての真摯な観察が可能になり、それによって地に足のついた、それでいてロマンティックな考察が誘発されたわけです。最後は今夜の空模様に思いを馳せながら、夕立ちの残滓と戯れる微笑ましい所作で締めくくられます。その絶妙な時間表現によって、実に肯定的な心象をもって観終えられる一作となりました。

では合格者作品解説、次回もご期待ください!