武蔵野美術大学映像学科合格者再現作品解説。第四弾も「間に身を置いて」がテーマだった2019年度の作品です。地面に落ちた蝉。それに近づくと突然鳴き出し、飛んでいく。極めて身近な出来事ですね。同じ経験をしたことがある人も多いのではないでしょうか。ただしそれだけでは、感覚テストの課題に応える映像作品としては成立させられない。では、そこから何を考察するか?それは暦や気温に押し流されるのではない、実感としての季節の推移です。これも決して独自性やヒネりのある視点ではありません。出来事そのものは実にシンプル。それが作品として成立して高く評価されたのは、そのシンプルな時間の流れを「重層」させたところにあると言って良いでしょう。この重なりが最大ポイントなのです。
蝉が飛び立つ小数点以下の瞬間、シーツが乾いていく數十分、数週間遅れでやってきた夏の終わり、幼年期から過ごしてきた自身の十数年。いくつかのそれぞれ尺度の違う変化が同時進行して、ほんの束の間交差する。そのひとときを切り取っているわけですね。だから決して、なんでもない時間ではないのです。普段は意識もせず流れていく出来事たちが、ある一点で、しつらえた事件性に頼らずに、カチッと合点する。丁寧な観察眼をもって日々を過ごせば、生活のなかにもこういった時間が存在していることに気づけるわけですね。
そして、画面。映像的な要素はどうでしょう。理科の授業で行われる解剖のような蝉の構造観察から、画面には描かれていない、その蝉が飛び去った先の晴れた空。微細な局所から広がりのある風景までをしっかりと押さえつつ、ささやかに画面左→右へと向けて風を吹かせています。
「わっ蝉生きてた!」というなんとも小さく、どこにでもありそうな出来事から、無理なくその周囲を想定する。それらが「時間、推移、変化」という主題のもとに絡み合うことで、言ってみればただ季節が移っていくという当たり前の事象を、これだけ重層的な映像で印象づけられる。画面左下にいる、まだまだ飛びたい蝉も、なんだか平べったくて愛嬌のある姿に思えてくる、そんな一作でしたね。